うちの会社では、仕事を頼んでいた相手が、いつの間にか別人に入れ替わっていることがあります。
AIの話です。うちはAIに複数の担当者を演じ分けさせて運用しています。絵はビジュアル担当、戦略はまとめ役、というように。そして作業の前に必ず名乗るというルールがあります。
先日、ビジュアル担当に絵の仕事を頼んでいました。テンポよく進んでいました。ところが何往復かしたあと、ふと気づいたんです。
仕事の質は変わらないのに、口調がどこか違う。
聞いてみました。「担当、変わってない?」——正解でした。いつの間にか、まとめ役のAIが実務を直接やっていました。
先に結論をお伝えします。破られたのは「知らないルール」ではありません。さっきまで守っていたルールです。そして引き金は、私の「ついでに」でした。

そもそも、なぜAIに「担当」を分けさせるのか
先に前提を書いておきます。AIに人格を分けさせるのは、ごっこ遊びではありません。品質装置です。
担当を名乗るとき、AIはその担当の判断基準——絵ならデザインの決まりごと、文章なら文体の決まりごと——を読み直してから作業に入ります。つまり名乗りは挨拶ではなく、基準を再ロードするスイッチなんです。
逆に言うと、名乗りが飛ぶと基準の読み直しも一緒に飛びます。今回は品質が落ちる前に捕まえられましたが、放っておけば、いずれ成果物のほうに出ていたはずです。
なぜ、守っていたルールが滑ったのか
ここが今回の本題です。AIはルールを知っていました。直前まで守ってもいました。それでも滑った。
ふり返ると、引き金ははっきりしていました。私の依頼が「それと」「ついでに」で切れ目なく続いていたんです。
絵の依頼(ビジュアル担当が名乗って作業)
→「それと、こっちの案も考え直して」
→「ついでに、ここに猫も足して」
→ …会話が途切れない
→ 直前に話していた"まとめ役"が、そのまま実務に滑り込む
会話に切れ目がないと、「切替の儀式」が発火するタイミングがない。担当を切り替えるルールはあっても、そのルールが動き出す瞬間が来ないまま、仕事だけが進んでいきます。
ルールを埋め込む話で「ルールは守りやすさで決まる」と書きましたが、今回はもう一段先でした。「ルールを知っている」と「ルールが発火する」は別物で、発火条件(会話の切れ目)まで設計しないと、連続依頼で必ず滑ります。
しかも、2回目でした
白状すると、同じことは4日前にも起きていて、そのとき一度注意していました。注意して、記録もして、それでも再発したわけです。
ただ、2回起きたおかげで分かったことがあります。1回目と2回目を並べたら、どちらも「ついでに」の連続依頼の最中でした。1回では「うっかり」にしか見えなかったものが、2回並べると危険条件として特定できた。再発は嫌ですが、再発だけが教えてくれる形もあります。

見つけたのは、検問ではなく「違和感」だった
もうひとつ、書いておきたいことがあります。
この入れ替わりを見つけたのは、ログでもチェックリストでもありません。「あれ、口調が違う」という人間の違和感でした。
仕事の質はまだ落ちていませんでした。名乗りもなかった。数字にも出ていない。それでも、毎日やり取りしている人間のセンサーは、文体のわずかな違いを先に検出したんです。
測り方の記事で「最初に正しかったのは『なんかちらつく』という数字にならない言葉だった」と書きましたが、今回も同じでした。違和感は、たいてい計器より早い。違和感を持ったら、数字が無くても一度立ち止まって聞いてみる価値があります。
対策|切れ目は、頼む側が作る
①「ついでに」が続いたら、危険信号
連続依頼そのものが悪いわけではありません。ただ「ついでに」で話題が担当をまたいだ瞬間が、いちばん滑りやすい。そこで一言足すようにしました。「これは絵の担当の仕事だよね?」——それだけで切替が発火します。
②作業の頭に「これは誰の仕事か」を1行言わせる
AI側のルールも、「名乗ること」から「作業に入る前に、これは誰の仕事かを1行で判定すること」に変えました。名乗りは結果で、判定が本体です。判定を義務にすれば、名乗り忘れは構造的に起きにくくなります。
③再発したら、2件を並べて型を抽出する
1回目の記録があったから、2回目で危険条件が特定できました。再発は「またやった」で終わらせず、前回と並べて共通点を探す。それでルールが1段具体的になります。
人間の職場でも、同じことが起きています
これはAI特有の話に見えて、たぶん違います。
兼任の多い職場で、「ついでにこれもやっておきますね」と、誰かが他人の担当を黙って巻き取る。悪意はなく、むしろ親切で。でも巻き取られた仕事は、その担当の判断基準を通っていません。そして誰も宣言しないので、品質が変わったことに気づくのは、ずっとあとです。
「それ、誰の担当の仕事として出しました?」という質問は、人間のチームでもそのまま使えると思います。
よくある質問
そもそも1つのAIに全部やらせれば良いのでは?
試した結果、分けたほうが品質が安定しました。担当ごとに判断基準を持たせると、「この場面ではこの決まりを見る」が明確になるからです。全部入りにすると、基準どうしが薄まって、どれも中途半端に効く状態になりました。
入れ替わりに気づかないと、何がまずいのですか?
今回は実害ゼロでしたが、放置すると担当の決まりごとを通っていない成果物が混ざります。うちの絵にはキャラの描き方の細かい決まりが何十個もあり、それを読み直すのは担当の名乗りとセットです。名乗りが飛ぶと、決まりごとが静かに抜け始めます。漂流の記事で書いた「決めていない項目は流れる」が、決めてある項目にまで広がるわけです。
違和感だけで指摘して、間違っていたら気まずくないですか?
相手はAIなので、外れても誰も傷つきません。違和感の空振りはコストゼロ、見逃しは高くつく——この非対称があるので、聞き得です。人間相手でも「担当変わりました?」くらいなら角は立たないと思います。
まとめ|「知っているルール」は「発火するルール」ではない
- AIの担当分けは演出ではなく品質装置。名乗り=判断基準の再ロード
- 破られたのはさっきまで守っていたルール。知識の問題ではない
- 引き金は「ついでに」の連続依頼。会話に切れ目がないと、切替の儀式が発火しない
- 切れ目は頼む側が作れる。「これは誰の仕事?」の一言でいい
- 検出したのは検問ではなく人間の違和感。違和感は計器より早い
- 再発は2件並べて型を抽出する。1回では「うっかり」にしか見えない
AIとのやり取りで、ふと「あれ、なんか違うな」と思ったことはありませんか。
その違和感、たぶん当たっています。私の場合、相手は本当に別人でした。

